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人生を共有する
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大正6年生まれの親父は、大正男というよりも明治の男に近かった。
子供の頃は良く殴られたが、殴られるのは私だけでなく、母親にもよく手を出していた記憶がある。
ゲタ等でたたかれる母親が哀れで、子供なりに抵抗したが、母親に暴力を振るう姿を尊敬しつつもより憎しと感じていたのは、4歳上の兄の方だろう。
私が女の子に生まれていればといわれるほど、荷物運びのための母親の買い物のお供にはよく付いて行った。
都電で新宿伊勢丹まで行くのだが、ほとんどの買い物はその前にある安売りのマルブツですませ、伊勢丹は見るだけ、ただしお父さんには内緒よと、お茶タイムには少し奮発して風月堂でよくお汁粉を食べた。
母は、晩年に殴られたその恨みを出した。
積年の恨みとでも言うべき怒りの塊が出た。
病床に横たわる親父に向かって、言葉に出来ない罵倒の数々、私と家内は顔を見合わせ唖然となったが、背筋に寒いものを感じながらもこれは病気だと思った。
そしてその後案の定、脳梗塞で倒れた。
しかし、穏やかな情報の交換が出来なくなった事実に、寂しくも「家族の崩壊」を感じざる得なかった。
無論、私は一度も家内にも子供にも手を出したことは無いが、そんなこと当たり前よ、と言う家内が当たり前と信じるには、親父の暴力の否定、ひいては親父の否定を覆すための多少の時間が必要だった。
勢い、子供と私の関係は友達のそれのように、穏やかか。
最近感じる人との付き合いの実態は、何をその人と共有しているかで決まる。
例えば、友人とはいかにより多くの時間を共有したかで決まるし、夫婦とは「生」そのものの共有で決まる。
会社の社員とも価値観の共有で上手くいきそうである。
殴られずに済んだ息子達と秋晴れのチャペル。
2007/10/19
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世代交代
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団欒という幸せの湖に身を沈めると、その心地よさのあまり、頭が馬鹿になったような気になる。
家にいて、ただ時間が過ぎて行く普通の状態が幸せなのである。
緊迫感も使命感も何も無い、こんな時の顔を見たら昇天したのかしらと思うはずである。
こういう時は、文章も書きたくないし、何も出てこない。
やはり、あふれ出る文章を書けるときは、気持ちが絞られているとき。
追い詰められた時とか、緊張感あふれる時、もう後が無いといった絶体絶命の時が異様に好きで一番、闘志が沸いてくる。
その状況に自分が立っている、そのことで自分でも考えられないほどの闘争心が沸いてくる。
誕生日の今日早朝、家内からのメールで、まだまだ大変な人生ガンバッテと揶揄され、完全に見抜かれている。
しかし、旦那に鞭を入れずに走らせる一番のヤサ言葉。
親父は死ぬまで現役だとわがままを通したが、並走期間も助走期間も何も無いその後を受け、走る者にとってはいい迷惑。
55歳のこの歳で、この轍を踏まじと思う。
どこかでさっさと差し上げます。
写真の南建設の社長とは20年近くの飲み友達、彼も二代目で誠意の人。
綺麗に親父さんから社を受け継ぎ、今度は弟に社長をといい感じ。
飲みすぎると壊れてしまいそうな、祝誕生日のスナップでした。
2007/10/17
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リセット
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お正月の当日、朝五時ごろには起きて沸かしたての風呂に入るのが毎年の慣わしになってます。
前夜の除夜の鐘を聞かずに寝てしまうことが多く、お正月の早朝は家族も近所も含めて前夜の夜更かしがたたってか、家の内外は物音ひとつしません。
物音ひとつしない、その中で入る朝風呂は一年のスタートを切るにふさわしく、自分にとっては儀式めいた禊(みそぎ)のような凛とした気持ちよさがあります。
家族には内緒の自分だけが知る覚悟もこの時に決めます。
自分に気合を入れるようなものですが、リセットに近い便利なものでもあります。
去年はここがこう良くなかったけれど、今年はも一度振出からと人生双六よろしく、初めからサイコロを振って一年を始めようとします。
これは日常でもあることで、何か大事なある程度の覚悟を必要とする時は必ず朝風呂に入り頭をリセットします。
双六のさいころを振出しから毎年振っているから前になかなか進まないのか、ラッキーな双六コメントに出くわさないからのか、なかなかハイ上がりーといきません。
何故これほど苦労し、年々より重い荷物をまたひとつまたひとつと担がされるのか、思わず天を仰いでしまうことがありますが、しかし、しかしです、自分がそれこそまだ、覚悟の鬼になっていない、まだまだ命を掛けた戦闘モードに突入していないことに気づき、オットトと泣きが入るとこだったと、ニコッと笑って小石を蹴飛ばす自分がいます。
黄金酒造の秋の研修会で、喋る自分自身がだんだんと戦闘モードに入っていくのが分かり、そう言われりゃ、まだまだ必死コイテ戦ってないことが恥ずかしく、貫く信念が甘っちょろいよと親父から双六のラッキーコメントなんて期待するなと言われそうです。ゴメンナサイ。
2007/10/09
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